猗窩座の術式「破壊殺・羅針」は、雪の結晶をモチーフにした陣を展開する技である。
この雪のモチーフは、「恋雪の髪飾り」がイメージとして使われていることが、鬼滅の刃18巻内の「設定こぼれ話」にて明らかになっている。
鬼舞辻無惨の手によって鬼化された狛治は、人間時代の「すべての記憶を失った」状態であるはずだ。
そういった状態であるのも関わらず、恋雪という最愛の妻が身につけていた髪飾りを術式のデザインに用いるというのは、非常に興味深い事象である。
猗窩座が好んで使った「雪のモチーフ」に関する考察を深めていきたいと思う。
当記事は、作品の感想を主体とした独自の考察を元に構成されていますが、一部ストーリーの展開が読み取れる「ネタバレ」部分も存在します。
作品未読の方は、十分ご注意ください。
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猗窩座の好む「雪の結晶」は江戸時代に存在していたのか?
江戸時代でも「雪の結晶」デザインはポピュラーだった
現代では、雪の結晶を用いたデザインや意匠は数多く存在している。
では、猗窩座や恋雪が生きた江戸時代ではどうかというと、もちろん当時も人気の図柄だった。
江戸時代、雪の結晶は「雪華」や「六花」などとよれば、様々な形で用いられる大流行モチーフだった。。
オランダから入手した顕微鏡を使い、雪の結晶を観察して記録した利位という植物学者が、「雪華図説」という解説書を1832年に刊行している。
そういった研究や出版物の広まりもあり、「雪の結晶」という存在が一般化され、華やかなデザインを好む江戸の民衆の人気を博士、着物や髪飾りなどに用いられるようになったと考えられる。
<参考>「雪の殿様」が生んだ江戸の流行
雪の結晶の髪飾りも実在する
雪の結晶は、着物や帯留め、髪飾りのデザインとしてよく用いられた。
平打ちかんざしという、細長い軸に、丸い金属製の飾り板がをつけたかんざり=髪飾りが存在する。
この板部分の表面に、雪の結晶の文様を透かし彫りするのがだが、まさに恋雪が頭につけていたかんざしも、この種類に該当するのだろう。
恋雪という名前にちなんで、雪文様のかんざしをつけているあたり、なかなか小雪ちゃんもおしゃれさんなんだね!と思わずにいられない。
雪の結晶モチーフに隠された意味
近年の雪は、日常生活をおびやかす豪雪など、あまり「ありがたくないイメージ」を持ちがちだが、日本では古くから「豊年」を意味する縁起の良いモチーフとして使われてきた。
江戸時代の人々は「雪の結晶は、まるで六角形の花びらのようで美しい」という感想を持ち、その自然の神秘に大きな関心を寄せていた。
静謐な自然の美しさ、冬を感じさせる季節感を楽しむアイテムとして、日常生活の中に溶け込んでいたようだ。
猗窩座はなぜ「雪の結晶」を技のモチーフに選んだのか
猗窩座は、鬼になる時に記憶をすべて失っている。
それは猗窩座自身が、自分の人生に絶望し、「すべてを忘れ去ってしまいたい」と願ったからではないかと推測できる。
狛治は、自分の過去や歴史を捨て、「猗窩座」という新しい人格と肉体を手に入れた。
しかし、それでもなお、
・術式展開は恋雪の好んだ雪の結晶
・技の名前は、恋雪との思い出である花火
・構えや技は、師匠から学んだ素流
と人間時代の記憶や経験を様々な部分で反映させている。
猗窩座の場合、無限城での闘いの中で、「過去の記憶を思い出す」ことができている。
ということはつまり、パソコンのハードディスクから「記憶」をいうデータを消去したのではなく、パスワードをかけて見えなくしていた・気づかない状態にしていた、というのが実際のところなのかもしれない。
少なくとも、「猗窩座の中に過去の記憶は存在した」ということになる。
その過去の記憶に「猗窩座自身が影響を受けた、ひっぱられた」末の「雪の結晶モチーフ」なのだ。
猗窩座にとって雪の結晶は、恋雪への愛情そのもの
鬼舞辻無惨の呪いさえ凌駕する恋雪への想い
鬼舞辻無惨の鬼の力によって記憶を消されたのだとしたら、その異能を持ってしても、完全に「人間の記憶」を抑え込むことはできなかったということになる。
そもそも人間の記憶にそのような力があるのか、それとも狛治の恋雪への想いがそれだけ強かったからなのか。
詳細は知る由もないが、猗窩座が好んで「雪の結晶のモチーフ」を選んだことは間違いない。
炭治郎に首を斬られ、過去の記憶を取り戻した猗窩座は、それをきっかけに勝負を捨て、自ら永遠の命を終わらせる選択をした。
つまり、「記憶の回復」が勝敗を決める大きな要因となった訳だ。
猗窩座が敗北を認めず、技を繰り出し、頭を完全に再生させてしまっていたとしたら、手負いの冨岡義勇、炭治郎に勝つ目が残っていたかは怪しいところだ。
猗窩座は記憶を取り戻したことで、急速に鬼としての意識を弱め、「人間・狛治」に戻っていったと推測される。
それは鬼舞辻無惨のコントロールが解けたことと同意である。
猗窩座は首を斬られても死ななかった。
無惨同様、「鬼としての高み、進化のその次」へと歩みを進めていたと思われる。
肉体自体は鬼として進化しつつも、やはり「封印された人の心」は残っていた。
だが、この事例は、黒死牟や童磨にもあてはまるかどうかは分からない。
人間時代の絶望から、「好まざるまま、自暴自棄になって鬼となった」猗窩座だからこそ、人としての記憶・心がそのまま残されていたという可能性もある。
どういう状況だったによ、猗窩座=狛治の恋雪に対する想い、守れなかった未練は、そうとう強いものなのだということが、よく分かるエピソードである。
猗窩座は、三井寿である。
スラムダンクに登場する伝説の3ポイントシューター・三井寿は、天才的な技術とバスケットへの情熱を持ちながら、怪我という挫折によって自暴自棄になり、バスケを辞め、不良生徒という「鬼」に堕ちた。
しかし、「バスケへの情熱」を隠してはいても、それを忘れ去ることはできなかった。
やがて、桜木花道・流川楓というある意味、「竈門炭治郎・冨岡義勇」的な2人と拳を交える中で、その記憶を取り戻し「もう一度バスケットをやりたい」という本音をさらけ出す。
安西先生に向かって「先生、バスケがしたいです」と泣き崩れる三井の様子は、まさに恋雪の幻に対して「守れなくてごめん、大事な時に傍にいなくてごめん」(鬼滅の刃18巻・第156話「ありがとう」)と無きながら謝罪する狛治の姿に重なるのである。
