少年漫画史においても屈指の悲恋として描かれる猗窩座と恋雪の悲しすぎる愛の物語。
祝言を前に妻を毒殺された狛治=猗窩座は、至高の強さを求め無意味な殺戮を繰り返す悪鬼となった。
生きることに幻滅し、現世を捨てて鬼となった猗窩座だが、狛治時代の思い出はそこかしこに残っている。
当記事は、作品の感想を主体とした独自の考察を元に構成されていますが、一部ストーリーの展開が読み取れる「ネタバレ」部分も存在します。
作品未読の方は、十分ご注意ください。
無限城編での猗窩座との死闘をもう一度、その目に焼き付けよう!
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猗窩座の妻・恋雪への想いが現れた破壊殺・羅針と羽織の柄
猗窩座の血鬼術・羅針は、自分を中心に雪の結晶に見立てた陣を展開し、その領域に入ってきた闘気を感知しながら多方面攻撃を行うという技である。
雪の結晶は、もちろん恋雪の名前に由来するものだろう。
コミックス(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻)の「設定こぼれ話」においても、「術式展開の模様→恋雪の髪飾り」という解説がなされている。
そして、猗窩座の基本の構えは、師範である慶蔵が教えた「素流」のスタイルそのものである。
一度身に付いた所作・習慣はなかなか忘れられるものではない。
鬼といえども元は人間。
それまで生きてきた中で身に付いたものを簡単に拭い去ることはできないということだろう。
猗窩座が強くなる理由は「守るべきものをしっかり守れるようにする」ためであり、守るものの筆頭はもちろん恋雪だ。
記憶をなくしてはいても、猗窩座にとって恋雪や慶蔵が細胞単位で忘れることの出来ない大切な人、思い出であることは間違いない。
恋雪と見た思い出の花火が技名に
吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻の「設定こぼれ話」では、「技名」が花火に由来するという解説もされている。
| 脚式 冠先割(かむろさきわり) | まん丸に開いて咲き誇る「割物花火」の一種である冠菊(かむろぎく) |
| 脚式 流閃群光(りゅうせんぐんこう) | 雷鳴のような激しい破裂音と強く閃光が特徴の花雷(はならい) |
| 脚式 飛遊星千輪(ひゆうせいせんりん) | 夜空に星が舞い散るように不規則な動きをする幻想的な花火・飛遊星 |
| 鬼芯八重芯(きしんやえしん) | 大正時代に考案された日本伝統の割物花火における傑作と言われる・八重芯 |
| 砕式 万葉閃柳(まんようせんやなぎ) | 上空で炸裂した後、尾をひくようにゆっくりと地上へ流れ落ちる・柳花火 |
| 終式 青銀乱残光(あおぎんらんざんこう) | 青い光とともに銀色の火花が飛び散る美しい花火・青銀乱 |
言わずもがな、「花火」といえば、狛治と恋雪を結びつけるきかっけとなった「来年・再来年の花火」である。
恋雪の逆プロポーズも花火大会の最中であり、猗窩座にとっても人生の中で特に思い出深い存在であったと推測される。
猗窩座の羽織にも恋雪への隠された想いが
猗窩座の羽織(ベストのようなもの)には、体に刻まれた入れ墨とは少しことなった文様がある。
三種香(さんしゅこう)という室町時代から続く伝統文化「香道(こうどう)」。
華道や茶道に比べてマイナーは印象はあるが、その中でも初歩的な遊びとして「組香」という一種の「香り当てゲーム」がある。
<参考:茶香逍遥「三種香の名目は」>
その解答の中に「孤峯の雪(こほうのゆき)」 があり、その図案が猗窩座の羽織とまったく同じなのである。

言葉の意味は 「人里離れた高い山の峰に、静かに降り積もる雪」。
恋雪を守ることが出来ず、手の届かない世界に置いてきぼりにしてしまったという猗窩座の無念が込められているようにも感じる。
ただ、羽織の文様は「上下様々」になっており、この解釈も様々である。
①日本の風習「逆さごと」に由来する
日本の伝統として「逆さまにする」ことには、弔いの意味があり、普段とは逆の動作をあえて行う風習を「逆さごと」と呼んでいる。
日常とは異なる「逆さ」にすることで、故人の御霊に対し、「あの世とこの世をしっかりと区別させ迷わないようにする」という意図があるのだという。
②堂々と「恋雪を背負う」ことへのためらい
守るべき恋雪を守れなかった自分の不甲斐なさを悔いつつも、彼女のことを忘れられない猗窩座。
恋雪を連想させる文様を背負いはしても、その想いを正直に認めることができず、あえて逆さにすることで隠そうとしている。
頑なに強さを求める心、花火に由来する技名、「雪」に対する執着など。
猗窩座中には確実に、「恋雪に対する想い」が残されているに違いない。
猗窩座と妻の恋雪は一緒に地獄へ堕ちたのか?
戦いに敗れ、狛治としての記憶を取り戻した猗窩座は、恋雪の胸に抱かれて滅した。
鬼畜生と成り果てた悪人に、天国への切符が用意されているはずもない。
猗窩座の行き着く先は、地獄以外にありえないだろう。
だが、猗窩座の傍らには恋雪がいる。
彼らは今度こそ、夫婦として寄り添い、共に地獄へと堕ちていったのだろうか?
もし、地獄というものがあるのなら、二人は肩を寄せ合い旅立って行っただろう。
猗窩座=狛治には、もう「守るために強くなる」という気持ちはなくなっているだろうと推測される。
大切なものを守れなかった自分。
大切なものを失ったことに耐えられず、鬼となった弱い自分。
それらを見つめ直し、ただただ「恋雪と一緒になる」という唯一にして最大の目的のために、あの世での過酷な責め苦に耐え抜くのだ。
死んだところで3人と同じところにはいけない現実
炭治郎の完璧な一撃により、首を落とされた猗窩座は、己の過去を思い出す。
そして、ここまでの猗窩座としての生き様を評して「惨めでこっけいでつまらない」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第154話「回顧強襲」)と言い捨てた。
その上で、このまま「死んだところで三人とは場所に行けない」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第154話「回顧強襲」)と語る。
三人とは、生前・猗窩座と深い交流にあった実の父親、慶蔵、恋雪の三人だ。
三人は苦しんで死に、おそらく極楽浄土に行っているだろうと猗窩座は推測した。
自分がこのまま死ねば、当然、地獄に行くであろうことは理解できる。
三人と再開することはままならない。
その無念と諦めの心が見え隠れしている。
この時、猗窩座としての意識の中で「狛治としての過去の記憶が蘇った」だけであり、中身は以前「上弦の参・猗窩座」である。
眼の前の富岡義勇を「弱い人間」として憎しみ、破壊殺・滅式を打ち込もうと動作に入る。
ここで助けに入った炭治郎は刀が握れず、とっさに拳で猗窩座の頬を殴打するという無謀な攻撃に出る。
しかし、それが流れを変えるきっかけになった。
炭治郎の拳が気づかせた大事なこと
猗窩座は弱者が嫌いだ。
その代表格が、闘っても勝てないので井戸に毒を入れて慶蔵と恋雪を殺した隣接道場の者たちである。
戦闘の末にかつての記憶を思い出しかけていた猗窩座は、どこか慶蔵の持つ雰囲気に似たものを感じていた炭治郎に「拳で殴られた」ことによって、ある真実に気がつくことになる。
それは
・辛抱が足りない
・すぐ自暴自棄になる
・守る拳で人を殺した
・素流を血まみれにした
・親父の遺言「まっとうに生きろ」を守れなかった
という「弱さだらけの自分自身」である。
「そうだ俺が殺したかったのは」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)、殺したかった弱者は「鬼になってしまった弱い自分」なのだ。
卑怯な手で愛する師匠と妻を殺されたとしても、そこで怒りに身を任せず踏みとどまり、悲しみを乗り越えて「まっとうな人生を送る」こともできたはず。
しかし、それが出来なかったのは「弱い自分」のせいだった。
その事実に気づき、猗窩座は覚悟を決めたのである。
猗窩座が選んだ最期は父親と同じ自死
猗窩座は、自分自身に必殺拳を打ち込む。
これはつまり「自死」である。
奇しくも父親と同じ「自死」を選んだ猗窩座。
決断の理由はなんだったのか?
猗窩座は最期に笑みを浮かべた。
炭治郎はその時の状況を「感謝の匂いがした」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)と表現した。
猗窩座の笑みは、自分自身に向けられたもの、もしくは炭治郎に向けられたものの2パターンが考えられる。
ただ、炭治郎が「感謝の匂い」と言っている以上、それは他人に向けられた感情である可能性が高い。
「勝負はついた。俺は負けた。あの瞬間完敗した」
(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)
猗窩座にそう思わせたのは炭治郎の剣技である。
猗窩座は鬼として強さを求めるその内側で「誰か自分を完膚なきまでに叩きのめしてくれる強者」を求めていたのではないか。
それはまさに、悪童であった自分をその拳で持って改心させてくれた師匠・素山慶蔵であり、決して、鬼の首領である鬼舞辻無惨ではなかった。
猗窩座は、慶蔵のような強者を求めていた。
そして炭治郎のヒノカミ神楽による「正々堂々見事な技」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)によって、目的は達成されたのだ。
放っておけば自分の意志とは関係なく再生される身体、永遠の命。
鬼舞辻無惨の支配下から逃れる術があるとすれば、自ら命を絶つ強い意志が必要だ。
それは、かつて自ら首をくくった実父と同じ心境だったのかもしれない。
今置かれている状況を打破するためには、「これ=自死しかない」。
その記憶と想いが、自らの身体に必殺拳を打ち込むという結末にたどり着かせたのだろう。
猗窩座が妻・恋雪に初めて見せた「弱い自分の姿」
病で苦しむ恋雪を3年に渡って看病してきた狛治は、常に恋雪より強い存在であり、恋雪は「守るべきもの」だった。
無惨の導きにより、一度は「強さを求め続ける」鬼の道に戻りかけた狛治を立ち止まらせたのは、恋雪である。
「狛治さんありがとう、もう充分です」
(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)
ついに恋雪との再会を果たした猗窩座は、涙を流す。
薄れていく「犯罪人の入れ墨」。
そして恋雪の胸に抱かれ、号泣した。
鬼舞辻無惨による支配が完全に解かれた瞬間である。
猗窩座は、狛治に戻った。
「ごめんごめん、守れなくてごめん」
「俺を許してくれ、頼む」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)
泣きじゃくりながら恋雪に謝罪する狛治の姿は、彼女に初めて見せる弱い自分。
毒殺事件のあの日依頼、言いたくて、伝えたくてもできなかった言葉が、そこにあふれていた。
慶蔵の言葉「天国には連れて行ってやれねえ」
絶対に「見捨てはしない」が「天国には連れて行ってやれねえ」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)と慶蔵は猗窩座に語りかける。
これは猗窩座が作り出した幻であるから、「猗窩座の意思や想い」が強く反映されていると思われる。
「天国には行けない」ということの真意は、慶蔵なら「鬼として犯した罪は償わなければならない」と言うはずだという想いから出てきたものではないか。
少年時代にも慶蔵にボコボコに殴られたことで、「罪人のお前」を「やっつけた」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第154話「回顧強襲」)と慶蔵は語っている。
つまり、この言葉は、これまで犯した罪を「地獄に行ってやっつけてこい!」という慶蔵なりの激励であると考えられる。
恋雪の「ありがとう」と「おかえりなさい」
恋雪が、猗窩座に優しく語りかけた「ありがとう」と「おかえりなさい」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)。
この言葉には、それぞれどんな意味があったのだろうか?
「ありがとう」と猗窩座の頬を撫でた恋雪は、「もう充分」です、「もういいのよ」(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)と続けている。
「もう充分」なのは「守るべきものを守るために強くなること」だろう。
この呪縛から解かれない限り、猗窩座は鬼を辞められない。
そして同寺にこの「ありがとう」は、恋雪たち家族を守れなかった狛治への「許し」でもあった。
死んでしまった恋雪には、何の言葉もかけてもらえない、どう思っているのかも分からない。
死者は無言である。
それが生きる者、残された者にとっては一番つらい。
百年もの時間をかけて、ついに恋雪から「守りきれなかったことに対する許し」を得たことで、猗窩座は消滅し、狛治自身を取り戻せたのだと考えられる。
狛治へと戻り、自身の胸で号泣する狛治に対して、恋雪は
「元の狛治さんに戻ってくれてよかった。おかえりなさい、あなた」
(吾峠呼世晴/鬼滅の刃18巻:第156話「ありがとう」)
と語りかける。
これがきっかけとなり、猗窩座の身体は滅して、霧散した。
守れなかったことに対する許しを得たことに加えて、「おかえりなさい」と恋雪の元に戻ってくることの許しも得たことで、猗窩座の持っていた無念はすべて消え去った。
「あなた」という最期の言葉には、「これからも夫婦として、共に歩んでいきましょう」という決意が込められているに違いない。
狛治と恋雪の二人は、今も仲良く、地獄のどこかを旅していることだろう。
猗窩座の過去については、以下の記事「猗窩座の過去まとめ」にて全解説しているので、そちらもご覧いただきたい。

