猗窩座の最後には、「感動した」「泣けた」という声が多く寄せられている。
単なる悪役とは思えない魅力を持った猗窩座というキャラクターの最後は、まさに壮絶なものとなったのだが、そこに至るまでの過程で語られた「猗窩座=狛治の悲運の過去」が大きな意味を持っていることは間違いない。
カリスマ性すら感じさせる猗窩座の「泣ける悪役像」を、最後の闘いの場面から紐解いてきたいと思う。
当記事は、作品の感想を主体とした独自の考察を元に構成されていますが、一部ストーリーの展開が読み取れる「ネタバレ」部分も存在します。
作品未読の方は、十分ご注意ください。
無限城編での猗窩座との死闘をもう一度、その目に焼き付けよう!
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猗窩座の最後が描かれた無限城における最終決戦!竈門炭治郎と富岡義勇はいかに闘ったか
透き通る世界が呼び寄せた「無我の境地」。破壊殺・羅針、敗れる。
猗窩座と竈門炭治郎・冨岡義勇との最終決戦は、無限城内部にて行われた。
炭治郎渾身の一撃によって「猗窩座の首が斬られた」時点で、勝敗は決していると言っても過言ではない。
剣術・武道の「試合」であれば、ここで間違いなく炭治郎の一本勝ちである。
しかし、この闘いはルール無用の「死合」である。
首を斬られた後もすったもんだあったことは、仕方のないこととも言える。
猗窩座敗戦の直接の原因は、「炭治郎の闘気を感知できなかった」ことにある。
つまり猗窩座武術の基本戦術であり、敵の闘気を察知して攻撃と守備のあらゆる準備を整えるための「破壊殺・羅針」が機能しなかったということになる。
炭治郎は、鬼との殺し合いという真っ最中にも関わらず、「完全に闘気をシャットダウン」し、破壊殺・羅針の蜘蛛の糸のようなレーダーから逃れ、さらにその不測の事態に対処しようとする猗窩座を上回るスピードで、技を繰り出した。
それを猗窩座は
そこにいるはずのない異物と対面しているような状態
<出展>鬼滅の刃18巻・第153話「引かれる」
であったと語っている。
それこそが猗窩座が求めていた
至高の領域、無我の境地に他ならない
<出展>鬼滅の刃18巻・第153話「引かれる」
のだという。
これは、炭治郎が幼少期に父親について感じていた
父は植物のような人だった
ただいつも通り植物のような気配の父
<出展>鬼滅の刃18巻・第151話「鈴鳴りの雪月夜」
という表現に酷似している。
炭治郎の回想の中で、彼の父は巨躯を誇る人食い熊を圧倒的な強さで瞬殺している。
この時、おそらく炭治郎の父は「無我の境地」にあったのだろう。
熊は彼の「闘気=殺気」すら感じることが出来ず、なされるがままに首を斬られた。
炭治郎の父には、「透き通る世界」が見えていたのだろう。
炭治郎は、熊に対峙した父と同じように、透き通る世界の中で猗窩座と向かい合った。
首を斬られる直前、富岡義勇とおしゃべりに興じていた猗窩座は、自分のすぐ背後に立っている炭治郎に気づかず、声をかけられて始めてその存在を感知するという「失態」を犯す。
おそらく、猗窩座自身は長い闘いの中で、「破壊殺・羅針」による闘気感知を前提として闘っており、「相手の姿形をしっかりと見ている訳では無い」という状態になっていたと推測できる。
つまり、猗窩座が闘っていたのは「鬼殺隊という生身の人間」ではなく、「その者が発する闘気」だったのだ。
そのため、「炭治郎自身はそこに存在している」のに「闘気がない植物のような状態」だったので、「炭治郎の気配に気づくことができなかった」という訳だ。
「破壊殺・羅針」というレーダーが正常に動かなければ、敵が次に何をしかけてくるのか、どう動いてくるのかが分からない。
猗窩座自身も機能不全に陥ってしまうということを意味する。
至高の領域を目指すと言いながらも、「破壊殺・羅針」という便利な血鬼術に頼り切っていたつけが、ここにきて出てしまったということになるだろう。
猗窩座の最後は本当に美しかったのか?
破壊殺・羅針を破られ、炭治郎に首を斬られてなお、頭を再生させてさらなる攻撃に転じようとした猗窩座を「懐古」が「強襲」する。
無惨の支配が一時的に緩んだのか、狛治=人間時代の記憶が一気になだれ込んできたのである。
そこで語られる猗窩座の過去、人間・狛治としての壮絶過ぎる半生については、こちらの記事「猗窩座の過去まとめ」で詳しく解説しているので、そちらを御覧いただきたい。
父の薬代のためにスリ稼業に手を染めた少年時代。
父親の死、慶蔵との出会い。
恋雪との穏やかな日々。
そして愛する人との別離。
すべてを思い出した猗窩座は、深い後悔の念に苛まれる。
鬼として意味のない殺生に明け暮れた日々をむなしく感じる。
そして炭治郎に食らった一発の拳によってある気づきを得る。
そうだ俺が殺したかったのは…
<出展>鬼滅の刃18巻・第156話「ありがとう」
猗窩座=狛治が殺したかったのは、弱き者を守れない、守るべき人を守れない弱き自分。
彼が感じていたのは、自分自身への失望だった。
ここからが猗窩座の最後の行動になる。
必殺技・滅式を発動させた猗窩座は、炭治郎いわく「感謝の匂い(鬼滅の刃18巻・第156話「ありがとう」)」をさせながら、すっと微笑み、自らの体に技を打ち込む。
要するに、自殺をした訳である。
細胞内で生き残る無惨の介入を受けながらも、父親、素山慶蔵、そして恋雪の説得を受けて、猗窩座はついに許しを得る。
「守るべきものを守れなかったという後悔のしがらみ」から解放され、愛する恋雪を守れなかったことを詫びることができた。
猗窩座は、あの日永遠に失ってしまった恋雪とのつながりを、百年以上いう長い時間をかけて、やっとつなぎ直すことができたのである。
それでもなお、猗窩座の死は悪鬼滅殺の一例でしかない
猗窩座=狛治という人間の生きてきた道を知れば知るほど、猗窩座が自ら受け入れた死は美しく見えるのだが、彼がやってきた過ちを考えれば、すべてを許して水に流すというわけにはいかない。
恋雪と慶蔵を毒殺した隣接道場の人間は、裁かれて当然ではあるが、彼らを無条件に撲殺して良いという理由はない。
猗窩座となってからも、おそらく多くの鬼殺隊を殺害し、相当の人を食ってきたのだろう。
その罪が消えることはない。
死んだところで三人と同じ場所にはいけない
<出展>鬼滅の刃18巻・第156話「ありがとう」
と語っていたのは、その辺りに理由があると思われる。
家族を猗窩座に殺された者としてみれば、過去にどんな美談や悲劇があろうと「猗窩座は悪であり、大切な人の仇」なのだ。
彼の過去や犯してきた過ち、そして恋雪たちとのつながりという美しいバックストーリーは、それを帳消しにしてくれるものではない。
なぜ猗窩座の最後は、清々しく感じるのか
猗窩座が他の鬼と決定的に異なるのは、自らの欲望や醜い心を満たすために鬼になった訳ではないということだ。
恋雪を毒殺した隣接道場の人間たちを惨殺した後、狛治が無惨に出会わなければ、そのままどこかへ身を隠して暮らしたか、はたまた恋雪の後を追って自殺したか…
どちらにしろ、誰にも害を与えない世捨て人になっていた可能性は高い。
たまたま無惨に出逢ってしまったということが、猗窩座にとっては一番の悲劇だったのかもしれない。
黒死牟や童磨と異なり、鬼となる理由がなかった猗窩座は、「至高の領域に近づく強さを手に入れる」という後付の「鬼として生きる理由」を作り出す。
家族を失った世界で生きたかったわけでもない
<出展>鬼滅の刃18巻・第155話「役立たずの狛犬」
と語っているように、猗窩座にとって、鬼としての人生はもはや「蛇足」でしかないのだ。
だからこそ、「鬼として生きる執着」が強くない。
過去の記憶を取り戻し、自らの負けを認め、地獄に堕ちることをあっさりと望んだ潔さ。
不遇を極める境遇の中で一生懸命に生きた狛治への称賛と哀れみ。
愛する恋雪との再会と許し。
鬼舞辻無惨を始め、最後まで己の生に執着し、永遠の命を生きながらえることを望んだ他の鬼達とは一線を画すこの「潔さ」こそ、猗窩座の最後を清々しく思わせる大きな要因となっている。
潔い最後が生み出すカリスマ性/名作マンガが生み出した珠玉の悪役
主人公を凌ぐカリスマ性を持った悪役というのは、時折登場するものである。
彼らの多くは、壮絶な闘いの末に敗北を認め、命を絶つという選択をする。
どこか猗窩座の振る舞いと重なるアニメ、漫画に出てきた印象的なキャラクターを紹介しよう。
①ラオウ/北斗の拳
世紀末覇者・ラオウといえば、伝説の武人である。
実の弟であり宿敵であるケンシロウとの死闘の末、敗北を悟ったラオウは自らの秘孔を貫き、あまりにも有名なあの名言「我が生涯に一片の悔いなし!」と叫んで、弁慶のように立ったまま大往生を遂げる。
その圧倒的な存在感とほとばしるプライド、そしてあまりにも美しい散り際は、今も語り継がれる伝説である。
②干柿鬼鮫 (ほしがき きさめ)/NARUTO
「霧の忍刀七人衆」の一人。
組織への忠誠を貫いた本物の忍である。
ガイとの闘いに敗れ、自らの口から情報漏洩することを防ぐため、口寄せした鮫に自分自身を食わせて自決するという衝撃な最期を選んだ。
忍びとして「自分は何者なのか」を問い続ける人生の中で、死の間際に「自分もそれほどロクでもない人間ではなかった」と満足げに笑って逝く姿は、敵ながら天晴と称されている。
③メルエム/HUNTER×HUNTER
キメラ=アントの王として圧倒的な力を持っていたメルエム。
毒に侵され、自分に残された時間がわずかであることを悟った彼は、人間・コムギに軍儀を打とうと提案する。
目的であった世界征服を忘れ、自分が生まれてきたことを深く問い、理解することで、納得しながらコムギに看取られ、息を引き取る。史上最凶の暴君と言われた王の静か過ぎる最後だった。
④戸愚呂・弟/幽遊白書
強さを追い求め、妖怪に転生てしまった元人間の武道家。
至高の強さを求めるという姿勢は、猗窩座にも通じるところが。
浦飯幽助との死闘で全力を出し切り、ついに敗北。
肉体が崩壊する中で死を受け入れ、あの世でより過酷な「冥獄界」へ行くことを志願する。
自らの犯した罪を、地獄での永遠の苦しみを持って償うという姿勢は、まさに不器用で潔いオトコの生き様だった。
