鬼がなぜ強いかといえば、不老不死で、傷はすぐ塞がり、首を切ったり、陽の光に当てなければ死なないから、なのだが。
そもそも「血鬼術」という人間では到底真似できない「妖術の類」を使えるからこそ、戦闘で優位に立てることは間違いない。
ただ、童磨や玉壺のような「人でなしの鬼」が自らの血鬼術をフル活用して鬼殺隊を圧倒したとしても、「あいつら悪もんだからな」で納得できるが、「至高の強さを追い求める武人」である猗窩座が、反則・ドーピングとも言える血鬼術を声高に宣言して使うのは、倫理的にどうなのかしら?と思ってしまう。
猗窩座の血鬼術は「武道家としてありなのか、なしなのか」その問題について考えていきたい。
当記事は、作品の感想を主体とした独自の考察を元に構成されていますが、一部ストーリーの展開が読み取れる「ネタバレ」部分も存在します。
作品未読の方は、十分ご注意ください。
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猗窩座の血鬼術は「磨き上げられた異能」である
血鬼術とは、鬼が使う「異能・特殊な技」である。
単純な打撃系の技もあれば、鳴女のように「無限城」という異空間を生み出すようなものもあり、その種類は多彩だ。
猗窩座が生み出した血鬼術の名前に注目
猗窩座の使う血鬼術は非常にバラエティに富んでいる。
技の種類によって、おしゃれな名前がつけられており、猗窩座自身のこだわりを感じる部分だ。
猗窩座の武術の原型である「素流」にも刀を折る「鈴割り」という技があるようなので、技に「名前をつける」というのは一般的に行われてきたことなのだと推測できる。
猗窩座は、自身の技に恋雪との思い出や花火にまつわるモチーフを使った名付けをしている。
これは封印された記憶とはいえ、「弱きものを守らなければならない」という強い信念がにじみ出てきてしまった結果なのだろう。
このように、「血鬼術」は、人間時代の特徴や性質を受け継いだ能力なのである。
血鬼術の性質を物語る禰豆子の血鬼術「爆血」
鬼になれば血鬼術が使えるかというとそうでもないらしい。
やはり血鬼術という異能を操るには、それなりの能力を持った強い鬼でなければならない。
鬼となった禰豆子も、いつの間にか血鬼術を使うようになった。
その技が興味深い。
禰豆子の血鬼術は「爆血」という。
禰豆子自らの血を発火させて燃やすという荒業だが、この炎が燃やすのは「鬼、または鬼に由来するもの」のみである。
そのため、炭治郎たち鬼殺隊にとっては熱くもなんともない炎が、鬼を燃やしたり、鬼の毒素を消し去ったりと、様々なありがたい効果を発揮してくれる。
いうなれば、「対鬼専用決戦兵器」なのである。
では、なぜ禰豆子の血鬼術は「鬼にのみダメージを与える」といった異質な性能を持つことになったか。
それはやはり、禰豆子という個人のパーソナリティによるところが大きいだろう。
無惨に血を仕込まれ、鬼になった禰豆子だが、正気を保ち、人を食らわず過ごすだけでなく、鬼殺隊の一員として命をかけて鬼と戦っていた。
そんな禰豆子の心の中に隠された想い、そして炭治郎への変わらぬ愛情。そういった「仲間を守りたい」という気持ちが、血鬼術「爆血」へと昇華されたのではないかと考えられる。
記憶の消去によって起きた目的のすり替え
猗窩座の血鬼術は本来、「弱き者を守るため」に繰り出されるべき技のはずだった。
しかし、鬼化による記憶の消去によって、「弱き者=恋雪を守るために磨いた技」は「ただただ至高の強さを求めるための道具・手段」にすり替わってしまった。
猗窩座本人もそのことに気づかないまま、より強いものを求め、鬼としての虚しい人生を歩み続けていたのだ。
猗窩座とて、常に何かと戦っている訳ではないだろう。
時には落ち着いた場所で、ふと物思いにふけるようなこともあるのではないだろうか。
その際に「あれ、俺はなんでこんなことしてるんだっけ」と思うようなことはなかったのだろうか?
「至高の強さ」とは猗窩座の中にある感覚的なものであって、決して「上弦の壱になれば満足」というものではない。
猗窩座にとって「強さの探求」には、終わりやゴールが存在しない。
その半永久的な命の中で、常に追い求め続けなければならない使命となっている。
老いることも死ぬことも
人間という儚い生き物の美しさだ<出展>鬼滅の刃8巻・第63話「猗窩座」
という煉獄杏寿郎の言葉は重く、そして何よりも心理を謳っているように思える。
猗窩座は、自らの生物としての死を眼の前にして、始めて他者の強さを認めた。
勝負はついた。
俺は負けた。
あの瞬間完敗した。
正々堂々、見事な技だった。<出展>鬼滅の刃18巻・第156話「ありがとう」
炭治郎の剣技を褒め称える猗窩座。
そこに武道家としての本心が垣間見えた瞬間だった。
しかし、血鬼術を用いる猗窩座は、やはり武道家としては失格と言わざるを得ないだろう。
彼が語る「不死や傷がすぐ治る、疲れない」といった鬼の特性は、猗窩座自身の努力とはまったく関係がない。
猗窩座は「鬼だから強いのだ」という結論になってしまう。
誰か、そこのところをネチネチと詳しく突っ込んでくれる鬼殺隊がいれば、意外と猗窩座は思い悩み、闘いをやめてくれたかも知れない。
【資料】猗窩座の血鬼術一覧|花火や恋雪に由来する技多数
猗窩座の技名で花火に由来する技一覧
猗窩座の技で、恋雪との思い出である花火をモチーフにした技を一覧表にまとめた。
| 脚式 冠先割(かむろさきわり) | まん丸に開いて咲き誇る「割物花火」の一種である冠菊(かむろぎく) |
| 脚式 流閃群光(りゅうせんぐんこう) | 雷鳴のような激しい破裂音と強く閃光が特徴の花雷(はならい) |
| 脚式 飛遊星千輪(ひゆうせいせんりん) | 夜空に星が舞い散るように不規則な動きをする幻想的な花火・飛遊星 |
| 鬼芯八重芯(きしんやえしん) | 大正時代に考案された日本伝統の割物花火における傑作と言われる・八重芯 |
| 砕式 万葉閃柳(まんようせんやなぎ) | 上空で炸裂した後、尾をひくようにゆっくりと地上へ流れ落ちる・柳花火 |
| 終式 青銀乱残光(あおぎんらんざんこう) | 青い光とともに銀色の火花が飛び散る美しい花火・青銀乱 |
破壊殺・羅針(らしん)
破壊殺・羅針(はかいさつ・らしん)は、猗窩座武術における基本の技。
技というより、型、構えといった方が良いかもしれない。
脚を前後に大きく開き、腰を落として構え、右手は開いて相手に向け、左手は後ろに引いて拳を握る。
「術式展開」により、猗窩座を中心として雪の結晶のような模様の陣が展開する。
雪の結晶モチーフは、「恋雪」との思い出によるものと思われる。
この陣は一種のセンサーになっており、対戦相手の闘気を感知して、攻撃の予測や反撃に利用される。
闘気の無い人間をこの数百年一度も見たことがない
<出展>鬼滅の刃18巻・第153話「引かれる」
炭治郎のヒノカミ神楽によって首を斬られた猗窩座が、驚きと共にこう振り返る。
「破壊殺・羅針」は相手の闘気や殺気を感知することで、相手の動きを読み、攻撃の回避や打撃につなげるための「準備技」である。
基本的に、相手は猗窩座を倒そう、殺そうとして立ち向かってくるのだから、闘気や殺気があるのは当たり前。
そこに「完全なる無我の境地」を実現した炭治郎が風穴をあけたことになる。
俺の求めていた至高の領域
無我の境地に他ならない<出展>鬼滅の刃18巻・第153話「引かれる」
「無我の境地」とは、現代風に言えば「究極の没入状態」と言えるだろう。
無我とは読んで字のごとく「我=自分」が「無くなっている」状態のことは。
日常生活の中で、我々は常に「自分」という存在と対話をしていることになる。
めっちゃ腹減ったな(そうだろ自分)
今の発言はまずかったな(おい自分)
もうちょっと頑張ろうぜ(なあ自分)
この「自分」という存在が完全に消え去り。目の前で起こっている出来事と自分自身がまったくの同一になることを「無我の境地」と呼ぶ。
分かりやすい例えで言えば、スポーツの世界で使われる「ゾーン」と呼ばれる現象だろう。
野球のバッターが「ボールが止まって見えた」と語ったり、サッカー選手が「観客の声が消えて、ボールが来るところに体だけが勝手に動いた」と話す。
そういった完全なる集中状態。
それこそが無我の境地なのだ。
炭治郎は、父の教えを思い出し「透き通る世界」(鬼滅の刃18巻・第152話「透き通る世界」)を見たことで、その領域に達することができた。
自分が数百年かけても到達できなかった「至高の領域」に立ち入り、完璧な技で首を落とした炭治郎。
猗窩座の敗北は、この瞬間決まっていたのである。
【関連記事】
猗窩座ポーズは術式展開による戦闘準備|空手の型に良く似た構えで筋トレやヨガに応用も
破壊殺 空式(くうしき)
杏寿郎との戦闘で使用。(鬼滅の刃8巻・第64話「猗窩座」)
空中に飛び上がり、遠方にいた杏寿郎に対して、拳による打撃で強烈な衝撃波を放った。
連発できるジャブのような攻撃と考えられる。
相手と距離を取って戦うには最適であり、首を斬られるリスクを低減できるメリットがある。
破壊殺 乱式(らんしき)
杏寿郎との戦闘で使用。(鬼滅の刃8巻・第64話「猗窩座」)
首を切るために距離を一気に詰めてきた杏寿郎を撃退すべく放った。
前方への連続拳。
破壊殺 滅式(めっしき)
杏寿郎との戦闘で使用。(鬼滅の刃8巻・第64話「猗窩座」)
爆発的なスピードで前方に突進し、強打撃を打ち込む技。
一点突破の破壊力が特徴。
杏寿郎は自らが編み出した炎の呼吸の奥義「玖ノ型・煉獄」で迎え撃ったが、みぞおちを右腕で貫かれ、致命傷を負った。
脚式 冠先割(きゃくしき かむろさきわり)
竈門炭治郎との戦闘で使用。(鬼滅の刃17巻・第148話「ぶつかる」)
背後をとった炭治郎に対して、立った状態から上半身を折り曲げ、その反動でかかとを蹴り上げる脚技。
たまたま背後からの攻撃だったため、そういう動きになっただけで、前方への攻撃時は、普通に脚を前に蹴り上げるのかもしれない。
全身で回転しながら、蹴り上げる反動で人間の急所である顎を狙う意図があると思われる。
脚式 流閃群光(きゃくしき りゅうせんぐんこう)
冨岡義勇との戦闘で使用。(鬼滅の刃17巻・第148話「ぶつかる」)
特徴的なのは、脚の裏を叩きつけるようにして強力なキックを上下に散らしながら打ち続けること。
攻撃と同時に、前面への防御も行えるメリットがある。
脚式 飛遊星千輪(きゃくしき ひゆうせいちりん)
遊星という名のごとく、不規則な軌道を描いて蹴りが飛んでくるような奇襲技。(鬼滅の刃17巻・第149話「嫌悪感」)
数多く放たれる打撃で相手を巻き込もうとする激しい連撃が特徴。
破壊殺 砕式 万葉閃柳(きゃくしき まんようせんやなぎ)
大地を砕くような強力な打撃技。(鬼滅の刃17巻・第149話「嫌悪感」)
「砕式」とあるように、相手を粉砕することが目的ということは、人体・内臓の内部破壊という攻撃意図があるのかもしれない。
終式 青銀乱残光(しゅうしき せいぎんらんざんこう)
全方位に高速の連続攻撃を放つ最強技。 (鬼滅の刃18巻・第152話「透き通る世界」)
破壊殺・羅針(はかいさつ・らしん)による術式展開から始まるということは、まず羅針で敵の位置を正確につかみ、その行動範囲をめがけて高速攻撃をしかけるということだろう。
