鬼滅の刃おける屈指の人気キャラ・上弦の参・猗窩座は、作中でも最も「切ない最期」を迎えた鬼の一人である。
炭治郎たち鬼殺隊の宿敵という立場でありながら、多くの鬼滅ファンに愛され続ける猗窩座は、最終的に自死=自滅という選択をする。
猗窩座が無限城での最終決戦において、「首を斬られてもなお生き続けようとする」という鬼舞辻無惨に匹敵する「鬼としての未踏の領域」に近づきながらも、なぜ自滅の道を選んだのか。
この記事では、猗窩座が自滅を選ぶに至った感情のプロセス。
そして、その決断に向かわせた最大の理由について、徹底的に考察をしていく。
当記事は、作品の感想を主体とした独自の考察を元に構成されていますが、一部ストーリーの展開が読み取れる「ネタバレ」部分も存在します。
作品未読の方は、十分ご注意ください。
無限城編での猗窩座との死闘をもう一度、その目に焼き付けよう!
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猗窩座を自滅に向かわせた無限城での死闘
猗窩座が鬼として最期を迎えたのは、最終決戦の地となった無限城である。
無限城では、煉獄杏寿郎の仇を討つべく参戦した竈門炭治郎、そして、その兄貴分である冨岡義勇と死闘を演じた。
この戦闘は、単なる「鬼殺隊と鬼との闘い」ではなく、猗窩座=狛治の「残された人としての心」を揺さぶり、過去のすさまじい記憶を呼び覚ます重要な伏線であることは言うまでもない。
破壊殺羅針の誤算。闘気を消した炭治郎の逆襲
鬼として、武道家としての猗窩座の強さ。その根幹にあるのが「破壊殺羅針」である。
「破壊殺羅針」は、戦闘時に発動する「レーダー技」である。
対戦相手が発する「闘気」を敏感に感知して、その攻撃方法や手順を正確に把握できる血鬼術だ。
猗窩座は常に「至高の強さ」と「強き者」を求めていた。
その強さの指標となるのが「闘気」である。
より強い「闘気」を放つ者は、猗窩座にとって強者なのだ。
煉獄杏寿郎や冨岡義勇、そして、成長した竈門炭治郎も、猗窩座によって「強者」として認定された闘気の持ち主である。
しかし、ここで誤算が起こる。
無限城での戦闘中、炭治郎は過去の父親とのやりとりから「透き通る世界」を見る術を会得し、完全に闘気を消し去るという離れ業をやってのける。
常に闘気を感じながら戦ってきた猗窩座にとって、「闘気を発しない炭治郎」は「そこに存在しないもの」と同義であり、破壊殺羅針のレーダー機能が働かなくなるという未曽有の事態に陥った。
猗窩座がこれまで絶対的な自信を持ってきた「自身の技と能力」に対する「揺らぎ」を生じさせた瞬間であり、この闘いにおけるターニングポイントであると言えるだろう。
炭治郎の完璧な一撃による首の切断という一大事
闘気を完全に抹消した状態の炭治郎がはなった「ヒノカミ神楽・斜陽転身」によって、猗窩座はついに首を切り落とされる。
無限列車編において、満身創痍の煉獄杏寿郎ではついに届かなかった猗窩座の首。
成長した炭治郎の見事な一閃によって、勝負は決したかに思われた。
しかし、これまでの上弦との戦いにおいても、「ただ首を斬れば鬼は倒せる」という常識は崩れつつ合った。
鬼舞辻無惨が「太陽の克服」に全精力を週痛していた理由は、「ある程度のレベルに達すれば、鬼は首という弱点を克服できる」という自信と実績があってのことだろう。
猗窩座は、鬼としての限界を超え、本来の弱点であった「首の切断」という圧倒的な窮地を脱することに成功した。
炭治郎が首を切り落としてもなお、猗窩座の身体は消滅することなく、技を放ち続ける。
猗窩座の自滅原因は、敗北にあらず。鬼の限界を超越し生き続けることの意義
首を斬られた猗窩座は、肉体の崩壊どころか、「首を再生する」という鬼の能力を超越した力をみせつける。
鬼の絶対的な弱点は「日輪刀による斬首」と「日光」である。
鬼舞辻無惨を含め、実力のある上弦の鬼は、この「首切断」をすでに克服しつつあった。
猗窩座は、なぜ首を再生できたのか?
鬼の身体の変化には、様々な要因があるだろう。
もちろん、「人を食えば食うほど強くなる」という鬼の特性からすれば、とにかく人を捕食することが強くなるための第一条件に思える。
しかし、猗窩座は「女を食わない」など、あまり人喰いに説教的な鬼ではなかった。
となれば、猗窩座が首を再生できた理由として考えられるのは「期待上げられた武道家としての身体能力」と「至高の強さを追い求める飽くなき執念」だろう。
猗窩座は何百年もの間、「至高の領域」を目指して武を極め続けてた。
ここで負けるわけにはいかない、弱者として敗北することは許されないという強烈な意志が、鬼としての限界を超え、新たな変革をもたらしたのだと考えられる。
炭治郎が、少しのきっかけで己の限界を超えて覚醒するように、猗窩座自身にも、さらに強くなる素養があったということではなかろうか。
炭治郎の拳がもたらした違和感
首が再生し、攻撃を再開しようとした猗窩座に対し、刀を失った炭治郎は、素手で猗窩座の顔面を殴りつけるという、捨て身の攻撃に打って出る。
この「素手で殴られる」という行為が引き金となり、猗窩座の中に眠っていた(いや、眠らされていた)、「人間だった伯治時代の記憶」を取り戻す決定的なトリガーになったのだ。
炭治郎の拳は、師匠であり、義父になるはずだった男、素山慶蔵の拳だった。
父親を自死で亡くし、自暴自棄になって江戸を追われた伯治をボコボコに殴り倒し、自らの弟子にした変わり者・素山慶蔵。
彼は、伯治の人生を大きく変えた恩人でもあり、憎悪にまみれた鬼になるきっかけを作ってしまった人でもある。
まさに、伯治=猗窩座の運命を変えた男。
その拳による衝撃が、痛みが、猗窩座が心の奥底に閉じ込めていた「人の記憶」を呼び覚まし、生々しい過去が、濁流のように猗窩座の中に流れ込んでくるのだ。
猗窩座に自滅を促した人間時代の記憶
これが無惨の呪いなのか、首を再生しようもがき続ける肉体とは裏腹に、猗窩座の精神世界では、完全に忘却していた人間時代の記憶が鮮明に蘇り始めていた。
鬼の「猗窩座」ではなく、人間の「狛治」として自分が生きてきた短い人生を振り返り、己の犯した過ちの大きさに気付き始める。
- 病弱な父親のために盗みを繰り返した少年時代
- 父親の自殺と、絶望の中で出会った師範・慶蔵
- 素流道場での修行と、慶蔵の娘・恋雪との出会い
- 恋雪との結婚の約束と、幸せの絶頂
- 隣接する剣術道場の卑劣な毒殺により、慶蔵と恋雪を同時に失う
- 絶望のあまり道場関係者を惨殺し、無惨に出会って鬼になる
忘れたかった「守るべき者を守れなかった絶望」の再体験
伯治が最も忘れたかったのは、父親や慶蔵、恋雪といった「守るべき者」たちを守れなかったという過去だ。
しかし、蘇る記憶の中で、狛治は再び大切な人たちの死に向き合うことになる。
鬼となり、上弦となり、自分がどれだけ強くなろうとしても、本当に守りたかった父親、立ち直るきっかけとなった慶蔵、そして最愛の婚約者である恋雪も、誰一人守ることができなかった。
鬼として生きた数百年で、猗窩座が頑なに嫌悪してきた「弱者」とは、誰なのか。
それは、無力な人間やかつての炭治郎、猗窩座の前に敗れ去った鬼殺の剣士ではなく、「大切な人を守り切ることができなかった無力な自分自身」だったのだと、猗窩座はついに理解したのである。
猗窩座は、他の上弦とは異なり、「積極的に鬼になった」のではなく「自暴自棄の末に鬼になることを受け入れた」という事情がある。
彼にとって、人間時代の記憶は、ある種の爆弾である。
だからこそ、鬼舞辻無惨も、「過去の記憶をすべて忘れされる」という処置を施したのだと考えられる。
猗窩座が自滅を選ぶまでの感情の変化を追う
記憶を取り戻した猗窩座の心境は、激しい混乱から深い自己嫌悪、そして静かな諦念へと劇的に変化していく。
彼が自滅に至るまでの感情のプロセスを詳しく見ていこう。
鬼舞辻無惨による呪縛との葛藤
記憶を取り戻しかける猗窩座の精神に、無惨の呪いが襲いかかる。
無惨は、唯一、鬼を生み出せる存在であり、すべての鬼の生殺与奪を握っている。
無惨が猗窩座を殺してしまおうと思えば、簡単に抹殺できるはずだ。
無惨の支配力は絶大で、猗窩座自身も一時はその言葉に従い、炭治郎たちとの決闘を再開しようと、拳を握る。
鬼としての無価値な日々と師の教え
しかし、無惨の呪詛の言葉をさらに上回る強度で、慶蔵や恋雪の幻影が猗窩座の心を懐柔する。
慶蔵によって、人を守るための拳を教えられてきた伯治が、鬼となり、無価値な殺生を繰り返している。
その事実に気がついた時、猗窩座の胸に浮かび上がった虚無感は、相当なものだっただろう。
素流で教えられた構えを踏襲し、恋雪との思い出である花火の名前をつけた技を繰り出す。
鬼として生きてきた猗窩座の中には、確実に「人間時代の大切な思い出」が生き続けている。
鬼としての猗窩座、しかし、その中にあるのは人間伯治そのもの。
その決定的な矛盾に気づいたとき、猗窩座の心は完全に折れ、激しい自己嫌悪に包まれることになる。
猗窩座が自滅を選んだ理由は「許し」にある
猗窩座が最終的に自らの身体を破壊し、自死を選んだ理由の一つは、炭治郎の見事な剣技だろう。
自分が追い求めていた「至高の強さ」を見せ付けられ、首を斬られた。
この事実が、猗窩座の「強さへの執着」を急速に弱めた。
さらに、最愛の人である恋雪の「許し」が、猗窩座の鬼として生き続けようという執念を消し去った。
精神世界の中で、かつての姿に戻った恋雪が狛治の前に現れ、涙を流しながら猗窩座を抱きしめる。
この瞬間、猗窩座の中で何百年も続いていた「強さへの執着」という長い悪夢が終わりを告げた。
猗窩座が本当に殺したかった相手
恋雪との再会で、人間・伯治を取り戻したことで、鬼として生きる道は完全に絶たれた。
毒殺事件の後、伯治は無惨と出会ってしまい、自ら命を絶ってすべてを終わらせるということができなかった。
数百年の時を超え、「大切な人との約束を守れず、鬼にまで成り下がって罪を重ね続けた、自分自身」を顧みた時、「すべてを終わりにしたい」と思うのは、自然の流れだったのかもしれない。
伯治としての至高を取り戻した猗窩座は、しぶとく再生を図る自らの肉体に向けて、「破壊殺・滅式」を放つ。
鬼としての圧倒的な再生力を上回る、自分自身への渾身の攻撃。
それは、炭治郎に対する敗北を素直に認め、猗窩座自身が「これ以上、醜く生き汚れることを拒絶した」という決断なのだろう。
猗窩座の自滅は「敗北」ではなく「救済」だった
猗窩座の最期は、鬼殺隊の手によって滅ぼされた他の上弦の鬼たちとは大きく異なる。
猗窩座は「首狩りという弱点を超越する」という至高の領域に達しながらも、自らの意志でその命を絶った。
猗窩座が自滅した理由は、以下の3つのポイントに集約されます。
炭治郎の一撃をきっかけに、封印されていた人間時代(狛治)の記憶が蘇ったこと
自分が嫌悪していた「弱者」の正体が、大切な人を守れなかった過去の自分自身だと気づいたこと
恋雪の魂と再会し、許されたことで、鬼として強さを求め生きる目的を失ったこと
無惨にしても、黒死牟にしても、猗窩座の死を「進化の途中でそれを放棄した軟弱者」と忌々しげに評価したが、その潔い「人間伯治の決断」は、多くのファンに好意的に受け入れられた
鬼としての永遠に続く狂気から解放され、最後に最愛の恋雪と師範のもとへ帰ることができた猗窩座。
猗窩座の自滅は、彼が人間としての尊厳と心を完璧に取り戻した、唯一無二の「救済の儀式」だったと言える。
